自宅のベッドで最期を過ごしたい! 病気があっても家で暮らしたい!在宅療養・介護のはなし

介護保険制度を利用し病気を抱えながらもご自宅で生活されている方も多くなっています。「最期は自宅のベッドで愛する人に囲まれながら逝きたい」をどうやったら実現できるか、ケアマネージャーとして訪問看護師として考えていきます。

【体験談】訪問看護で緊急で訪問したときの話。「お母さん、私の誕生日にやめて。死なないで。」

【体験談】

 

訪問看護も4年目になりました。まだまだですが、日々、患者さんと向き合っています。

今回は、日中ですが、緊急に訪問したときの体験談をお話しします。

 

 

病気があっても自宅に帰りたい!

家で最期を過ごしたい!

退院したい!と思っている患者さまを1日でも早く、

ご自宅で安心して過ごせるようにしたい訪問看護師、ケアマネージャーです!

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「お母さん、私の誕生日にやめて、死なないで」

89歳の認知症のお母さん

 この患者さんは、89歳のおばあさんで娘さんと二人暮らしをしていました。娘さんは夫と離婚し、子供はみんな独立していました。小さな団地にお住まいでした。

 

 認知症が進み、徐々に日常生活動作もままならなくなり、動くことが少ないため、筋力も低下し車椅子の生活でした。家では小さな部屋でしたので、布団に寝ており、支えなくても座ることができる状態でした。要介護4でした。

近くのデイサービスに週に4回ほど通っていました。娘さんは夜勤もある老人ホームの介護スタッフをされていまいた。

 

 娘さんはとてもお母さん思いで、おそらく娘の名前もわからなく、オムツを自分で取ってしまい布団を汚したり、便を触ってしまうようなことがあっても、いつも笑顔で「本当にしょうがないのよ、お母さん。いい加減にしてちょうだい。」とお母さんをツッコミを入れるように軽く小突いていました。それでいて、食事量が少なくないか、水分は十分摂れているか、円背があり、背中に褥瘡(床ずれ)の傷をいつも心配していました。優しい娘さんです。

 

夜勤の時はそれでも、最終21:00にヘルパーさんがオムツを交換し、就寝のためのイブニングケアをして(入れ歯を外したり、着替えや顔を拭いたり)それ以降夜間は一人で過ごしていました。時々はショートステイを利用しての介護でした。もしも娘さんがいない時に家で亡くなっていても仕方ないという思いでした。自宅での最期も意識していました。

また、何かあっても長年、介護もしてきたし、最期は何もしないで(延命治療は望まない)そのまま自宅で看取ってもいいというお考えでした。

 

普段の訪問看護

 週に1回の訪問看護をご利用でした。主に、背中にできている褥瘡の傷の処置をしたり、着替えや清拭(体拭き)着替え、爪切り、手浴(便を触ってしまうことが多く、よく手が汚れています笑)娘さんへの介護指導などを行なっていました。

最近、あまり食べられずに痰が絡むようなことがあるということはわかっていました。

 

緊急での訪問

それまで、緊急で呼ばれることはなく、過ごしておりました。
その日はデイサービスで過ごしていましたが、痰が絡むことが多く、あまり元気がないので、一旦家に帰って訪問看護に診てもらおうということで、デイサービスから連絡ありました。

 

私が到着するとちょうどデイサービスから戻ってきたばかりでした。

様子を聞いて、すぐにバイタルサインを測ります。

SpO2は92%(体に酸素がどのくらい届いているか呼吸の指標になる。通常は95%以上)胸の音は痰が広範囲にあることがわかりました。

 

自分で咳をして出すように促してたり、ティッシュで出すように促しますが、なかなかうまくいきません。肺を圧迫しながら痰を出すように助けますが、あまり効果がありません。

吸引器を持って訪問すればよかったのですが、
訪問看護ステーションの機材にも限りがあり、持ってくることができませんでした。

 

おそらく昼食を誤嚥(飲み込む力が弱くて、間違って気管の方に入ってしまうこと。特に高齢者に多い)していて肺炎になりかけていると思いました。

すぐさま、訪問診療の医師に連絡を取り、指示を仰ぎます。

 

その時、娘さんも急遽、仕事を早退して帰ってきました。

 

医師は、今すぐにはいけないので、本来言われていたように、そのまま様子を見て自宅で看取るか、それが難しいなら、救急車で病院へ入院させるかということでした。

 

帰ってきた娘さんはとても慌てていました。最近、飲み込みが良くないことはわかっていました。痰はぬぐえどもどんどん出ている状態です。
呼吸も苦しそうになり、SpO2も88%と低下しています。

 

私は、娘さんに医師の判断を伝えながら、これからどうするかを考えてもらいました。とても辛い決断です。

 

N:「今までおっしゃっていた通り、急ですが、このまま亡くなることもあると思います。」

 

「でも、今まで覚悟していて話してきたことです。このまま家にいますか?」

 

「医師はすぐに来れないので、救急車に乗って病院へ行くかどちらかです。」

 

娘さんはとても、目の前で苦しそうに痰が絡んだ状態の母親をみて、気も動転しています。いくら今まで望んでいたことでも、実際を目の当たりにして決心が揺らぐのは当然です。

 

その状態で、ご本人の痰はどんどん絡んだようになり、顔色が悪く感じました。

 

  急がなくては!!

 

N:「悩んでいる間に、今のままでは厳しいかもしれません…」

 

娘:「病院へ行きます。やだ、今日私の誕生日なのよ。お母さん死なないで。」

 

 

 

救急車をすぐに呼び、病院へ搬送しました。

 

入院は2週間ほどでしたが、無事に誤嚥性肺炎の治療をして退院することができました。

 

 

まとめ

 このように、訪問看護では厳しい判断をしなくてはならない時があります。

 

自分も慌てていたと思います。どうして吸引器を持ってきていないのかと自分を責めました。吸引器があれば、もう少し悩む時間を持てたと思いました。(気道が確保でき、状態が少しでも改善できると思った)
娘さんの思いは普段から十分に聞いていましたので、在宅で最期を過ごすことを望んでいましたし、延命は希望していませんでした。しかし、実際は揺れるし、悩むし、決心できないものです。
 そんな時に「私の誕生日なのよ、死なないで」娘さんの素直な気持ちを聞いて、今、ここで最期を過ごすことになってしまったら、一生、娘さんは後悔してしまうかもしれないと思いました。あんなにも大変でも一生懸命介護してきた母です。死なすわけにはいきませんでした。

 

 時に楽しく、ほのぼのした気分にもなる訪問看護ですが、こういった命の選択の場面にも立ち会うことや厳しい場面があります。しかしどちらも信頼関係があってこその決断、時間だと思います。